スピ友さんのお誘いを受けてスピッツコピーバンドのイベントを聴きにいく。当初、発表会を観にいく、という程度の軽い気持ちだったのだが、個性溢れるバンドの数々に思いがけない新たな楽しみを発見したステキな1日になった。
アマチュアバンドの楽しさは、主にやる側(というか、友人を含む内輪)にあると思っていたのだが、必ずしもそうではないようだというのが最大の発見。アマチュアなりの選曲の妙、アレンジ・照明の工夫など、聴く側にちゃんとアピールするものを「持っている人は持っている」んだなあ。本家ライブではやりそうにない曲を聴けるのも面白い。ただし、それは諸刃の剣だ。やっぱ初は本家ので聴きたかった、と思った曲もあったから。最後はなんだか「みんなスピッツが大好きだよね教」って感じに、そこいらじゅう誰彼なく盛り上がってハッピームードでお開き。
実際に聴いていると、演奏レベルは低くても、「あ、スピッツの音になった」という瞬間がどのバンドにも何度かはあって、そのたびにガッと頭に血が上ったようになるのが快感だった。あるバンドはそれが全曲(6曲?)にわたって続き、もはやそれは独立した一つのバンドとして追いかけるに足る個性を発揮していた。おそるべし、コピーバンド。
もちろん、逆説的に本家スピッツ(およびマサムネ)の凄さを改めて実感したのはいうまでもない。すなわち、楽曲の凄さ。演奏レベルの高さ。音作りのこだわり。声の魔法。各メンバーの魅力溢れる個性。スピッツという奇跡が、人々をコピーやその先の自己表現へと駆り立て、また次の奇跡を生むのだ。ほむべきかな、スピッツ。
しかし、1曲を(たとえ間違ったところがあっても)1つの波に乗るようになめらかに終わらせることの難しさ。大好きな1曲をソラで歌ってみればわかるが、自分で作った歌を人前で演奏しつつ間違えず自分も楽しんで歌う、それを2時間20余曲分、なんてほとんど神業である。
翌日は、数年ぶりで大寄せの茶会に行く。三席ほどまわりながら、不思議とコピバンの感想と同じような感想が浮かんだ。まず、練習が足りているか足りていないか一目瞭然である。人を楽しませようと思っているかどうか、またその余裕があるかどうかもわかる。あとメンバーがどういう気持ちでそこに臨んでいるかも、意外と見えてしまう。でも、お茶でもやっぱり、つたないながら客から見て「響いたな」と思える瞬間がどこかに訪れるのだ。波に乗るのが難しい&乗ってしまうとちょっとの間違いなんか気にならないのも同じだ。それがつまり芸ってことなのかも。
つくづく、ヒトサマの前で何かをしようというのは本当にたいへんなことだよなあ、という当たり前のような覚悟が湧き、言い訳人生はやめよう・・・と人の振り見た瞬間は思う。瞬間は。
<妄想短>
宿酔の男くわえる爪楊枝 女あるいは母の代りに
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